【推薦文】草枕

 この記事では会員が作成した『草枕』の推薦文を公開いたします。
(推薦文とは→http://d.hatena.ne.jp/chuo-bungakukai/20161022/1477118453


[本紹介]
夏目漱石草枕』1950年、新潮文庫/1999年、青空文庫


[あらすじ]
智に働けば角が立つ――思索にかられつつ山路を登りつめた青年画家の前に現われる謎の美女。絢爛たる文章で綴る漱石初期の名作。
※上記の文章は新潮社のホームページ(http://www.shinchosha.co.jp/book/101009/)より引用致しました。


[推薦文]
 2016年に没後100年、2017年に生誕150年を迎える作家、夏目漱石。本作『草枕』は、彼が小説家として活動を始めてから二年目にあたる、1906年に発表されたものである。
 この作品には普通の小説とは異なる特徴がある。物語を楽しむつもりで本作を読もうとすると、違和感を覚えるだろう。なぜなら、本作には登場人物の感情の揺れが描かれたり、何かの事件をきっかけにして展開がガラッと変わったりするということがないからだ。本作の話の流れは、語り部でもある主人公が都会を離れ、田舎にある温泉場に逗留するというものだが、彼は色恋や情といった日常における「人情」から離れ、始終第三者の立場にいることに徹している。いわば、無垢な子供のような視点で周囲を見ているのだ。一歩引いた立場から世界が見られ、その物事に対して芸術論が展開されるため、本作を話の起伏や心情描写という「色」がない、モノクロの評論文のようだと感じる人もいるだろう。『草枕』が小説といえる理由は、結末から振り返れば物語の筋ができているように見えるからというだけなのかもしれない。実際、漱石自身も本作の目的は「美しい感じ」を与えること以外にないと述べており、「此の種の小説は、従来存在してゐなかッた」としてその画期性を主張している。
 では、そんな『草枕』の魅力とは何か。私たちは、その魅力も主人公の視点からくると考える。日常から離れた第三者という立ち位置にいる、彼の目線で物事をとらえることで、読者は世界の異なる見方を意識することができるのだ。その例として挙げられるのが、温泉場で主人公が出会う女性、那美さんである。作中での彼女のふるまいは異様であり、もしこんな人間が身の回りにいるとすれば、恐らく大部分の人が彼女と関わることを避けると思われる。しかし、主人公の視点、つまり俗世の風評といった「人情」を抜きにした、客観的な視点で見られると、那美さんは優雅で美しい女性としてとらえられることになるのだ。このように日常から離れた視点で世界とらえなおすことで、その良さ、美しさを感じることができる。このことが『草枕』の魅力なのである。
 ストーリーを楽しみたい人に本作を勧めることは難しい。日々のしがらみに嫌気がさしている人、周囲の物事を異なる視点から見直したい人、そんな人たちにこそ、この小説は価値がある。主人公のように「非・人情」の境地を楽しむつもりで読んでもらいたい。