【推薦文】スプートニクの恋人

 この記事では会員が作成した『スプートニクの恋人』の推薦文を公開致します。
(推薦文とは→http://d.hatena.ne.jp/chuo-bungakukai/20161022/1477118453


[本紹介]
村上春樹スプートニクの恋人』1999年、講談社/2001年、講談社文庫


[あらすじ]
この世の物とは思えない奇妙な恋の物語
22歳の春にすみれは生まれて初めて恋に落ちた。広大な平原をまっすぐ突き進む竜巻のような激しい恋だった。それは行く手のかたちあるものを残らずなぎ倒し、片端から空に巻き上げ、理不尽に引きちぎり、完膚なきまでに叩きつぶした。――そんなとても奇妙な、この世のものとは思えないラブ・ストーリー!!
※上記の文章は講談社BOOK倶楽部(http://bookclub.kodansha.co.jp/product?isbn=9784062731294)より引用致しました


[推薦文]
 理解というものは、つねに誤解の総体に過ぎない。 これは『スプートニクの恋人』作中の一文である。私たちが生きる上で便宜的に得てきた、あらゆるものへの理解の砂山は、一粒の誤解をうずたかく積み重ねたものに過ぎない。理解の基盤はもろく、それは他人の指先であっさりと崩れ去る。よって私が以下に書きつづった推薦文も、あくまで誤解の総体に過ぎず、そこに盤石な論理は存在しない。しかし、それでも何かを書きたいという思いによってしたためられた文章は、より正しい理解を導くためのたたき台になりうると、私は信じている。
 『ノルウェイの森』という同作者の著名な作品がある。さる大学生の精神世界の冒険を描いたこの作品は、その冒険からの帰還によって幕を閉じる。『ノルウェイの森』の顕著な特徴は、冒険者を迎えるヒロインを置いたところにある。主人公は厳しい冒険に疲れ果て、帰り道のありかも忘れかけて、暗く深い森をさまよっている。しかし、主人公は森の出口に彼のことを待ち続けていたヒロインの姿を見つける。彼女は、主人公が現実世界に帰還するための道標になるのである。
 それにしても、ヒロインはどれほど主人公を待ち続けたのだろうか。誰かを待つことの苦しさは、過酷な冒険の苦しさにも劣らない。私たちは、『スプートニクの恋人』を読むことによってその苦しさを味わうことになる。それは『スプートニクの恋人』の構造が『ノルウェイの森』を反転させたものであることによる。つまり、『スプートニクの恋人』の主人公は、『ノルウェイの森』のヒロインと同じ役割をもったキャラクターなのだ。『スプートニクの恋人』の主人公の独白は、いつもヒロインを待つことの苦しさに耐えているようで、やりきれない。年上の女性に激しく恋をしたヒロインと友達の関係にある主人公は、自らの想いを胸の奥に隠して日々を忍ばなければならない。森の外に置いてきぼりにされたものの心境がどのようなものであったのかを、私たちは『スプートニクの恋人』を読むことによって理解することができる。